さよなら活版印刷機

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弊社の活版印刷部門はこの3月で閉鎖したのですが、この前の日曜、ついに活版印刷機をすべて搬出撤去しました。
当日は朝から3トンクラスのクレーン付きトラックが3台、そして作業の方が5人来られました。
皆さん専門業者の方ですので手慣れたもので、次々と印刷機がジャッキアップされて連携作業でどんどん運び出されて行きます。


まず最初にハイデルベルグ社のKSB機が運び出されました。
プラテン機とともに、世界中で活躍した名機のうちのひとつで、日本でも多くの印刷会社に納入され、今でも箔押機などに改造して稼働している機械なども加えると、まだまだ残っているようです。
弊社ではこの機械を昭和49年に導入して、以来今年まで休まず稼働してくれました。


次に運び出されるのは同じくハイデルベルグ社のプラテン機です。
この機械は先代が痛んできたため平成6年に入れ替えしたオーバーホール済みの中古機(当時は既にもう新品はなかったので)ですので、まだまだピカピカで元気に働けそうです。







次は橋本鉄工製のB3オート機です。弊社では昭和42年から使っていましたが、
この機械もベストセラー機で、ネットで検索してみると、今でもまだ何台か現役で活躍しているようです。
もともと伝票用紙などの薄い紙向けに開発された機械だったようですが、弊社では他の機械では印刷できないような手漉き和紙なども印刷出来たため非常に重宝しました。


最後は、昭和36年製の橋本鉄工手動式(手差し)活版印刷機です。
この機械は弊社のウェブサイトやブログでも今までまったく紹介していなかったのですが、それもそのはずでもう30年近く稼働せずほったらかしになっていました。
手差しというのは、他の活版印刷機が自動の紙送り機構があるのに対して、職人が1枚ずつ手で紙を印刷機の中へ差し込む仕組みの機械なのです。そのため自動の機械では通らない極端に薄い紙などにも印刷することが出来ましたが、機械を扱える職人が早くにいなくなってしまったため以来ずっと休止していました。


そうこうしているうち3時間ほどの作業を経て、全ての機械がトラックへ積み終えられ、いよいよお別れの時がきました。

トラックが出発します。
さよなら活版印刷機。長い間本当にご苦労様でした。

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コメント(2)

はじめまして
梅雨のシーズンとなりますね。
グーテンベルク以来の活版印刷、活字の印刷文字はとても読み易い
ですね、ダイレクト印刷の良さだと思います。
載せられたフォトを見て、マシーンが何かを言おうと訴えているか
の様に感じてしまいました。
ところで日本人は長寿世界一となりましたが・・・・・
これから先を思う時考えさせられてしまいます。
日本の長寿社会、重い現実が待っているような気がします。
しっかりと見据えないといけません。

tabotaboy様、はじめまして。
>活字の印刷文字はとても読み易い
弊社でも、そう言っていただけるお客様がいる間はギリギリまで頑張っていこうという考えで続けておりましたが、とうとう終わる日が来てしまい、残念でなりません。
今回搬出された活版印刷機達も、この後どこかで別の場所で新しい仕事を与えられ、活躍することになると思います。
日本の長寿社会や昨今の経済事情など、考え出せばキリがない程沢山問題があります。その中で明るい“光”を見出してゆくことが大切ですね。
弊社でも一体何ができるのか考えてみようと思います。
コメント、ありがとうございました。

からふね屋

株式会社からふね屋は大正10年創業の印刷会社です。

からふね屋が運営している「紙と印刷」製品のショップです。

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プロフィール

堀尾武史
株式会社からふね屋 代表取締役

昭和36年生まれの丑年
京都生まれ京都育ちの印刷屋四代目社長。
小学1年から大学4年まで剣道にひたすら明け暮れ、一応各年代で全国大会には出場、入賞なども果たす。
同志社大学卒業と同時に親戚の印刷会社で修行、ここで大いにしごかれ現在に至る。
自社にあった活版印刷から写植、フィルム時代を経て現在のDTPまでひと通り印刷については経験、美しい印刷を愛す。
趣味はお酒とアート鑑賞、読書、音楽(JAZZ・ROCK・POP・REGGAE・CLASSICなどオールランド)、TV鑑賞(ガイアの夜明け・カンブリア宮殿・たけしアートビートなどがお気に入り)、ウォーキング。