いつの間にか7回目まできてしまった弊社の1927年製「営業のしおり」の紹介ですが、今回は挿絵用イラストのページをご覧いただきます。
どの絵も大正から昭和初期の香りを伝えるようなレトロ感溢れるものばかりですので、今回も全ページの画像をアップします。










ところで今ご紹介した画像の中で3番目のページにはからふね屋のマークを彷彿とさせるような船のイラストがいくつかあるのですが、その中でも

このイラストとまったく同じ絵が、ノーベル書房より昭和50年ごろに出版された「竹久夢二・誌画集シリーズ」の表紙に使われているのです。


この本は、弊社の社員がたまたま古本屋さんで口絵に「唐船屋」と屋号の入った絵が載っていたので買ってきたものですが、

何度かご紹介しているように、からふね屋という名前の由来は弊社初代社長・堀尾幸太郎が、一時京都に在住していた竹久夢二と親交があり、それで彼の絵の中にある屋号を社名にしたと伝え聞いているのですが、そうするとこの見本帳の中のイラストも何点かは竹久夢二の絵である可能性が高くなってきました。
またそう思って見てみると、同じころ京都で活躍された小林嘉一風に見えるイラストもあり、想像は膨らむばかりです (^_^;
件の絵も船の左右にあるGとYのイニシャルは何を意味しているのかなど、不明なことばかりですが、夢二の研究家の方にもこの見本帳の絵を見てもらったりしていますので、また何かわかったらこのブログで紹介します。
どの絵も大正から昭和初期の香りを伝えるようなレトロ感溢れるものばかりですので、今回も全ページの画像をアップします。










ところで今ご紹介した画像の中で3番目のページにはからふね屋のマークを彷彿とさせるような船のイラストがいくつかあるのですが、その中でも

このイラストとまったく同じ絵が、ノーベル書房より昭和50年ごろに出版された「竹久夢二・誌画集シリーズ」の表紙に使われているのです。


この本は、弊社の社員がたまたま古本屋さんで口絵に「唐船屋」と屋号の入った絵が載っていたので買ってきたものですが、

何度かご紹介しているように、からふね屋という名前の由来は弊社初代社長・堀尾幸太郎が、一時京都に在住していた竹久夢二と親交があり、それで彼の絵の中にある屋号を社名にしたと伝え聞いているのですが、そうするとこの見本帳の中のイラストも何点かは竹久夢二の絵である可能性が高くなってきました。
またそう思って見てみると、同じころ京都で活躍された小林嘉一風に見えるイラストもあり、想像は膨らむばかりです (^_^;
件の絵も船の左右にあるGとYのイニシャルは何を意味しているのかなど、不明なことばかりですが、夢二の研究家の方にもこの見本帳の絵を見てもらったりしていますので、また何かわかったらこのブログで紹介します。

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